一般社団法人日本化学工業協会(住所:東京都中央区、会長:岩田 圭一(住友化学㈱代表取締役社長)、以下「日化協」)は、このほどLRI(Long-range Research Initiative: 化学物質が人の健康や環境に及ぼす影響に関する研究の長期的支援活動)の第13期研究課題として新たに4件を決定しました。
2025年度は、日化協が指定する6つの研究テーマに対する提案依頼書による募集を行い、全35件の応募の中から4件を採択しました。前年度から継続となる研究課題7件とあわせ、第13期のLRIの委託研究課題数は11件となります。新規の研究課題は3月から委託研究を開始します。
今回、新たに採択した研究課題は以下の4件です。
<新たに採択された研究課題1>
●研究テーマ:NAMs(New Approach Methodologies)/動物実験代替法の開発
「酸化ストレスと神経炎症を介した発達神経毒性の新たなAOP解明」
代表研究者:西村 有平
三重大学大学院 医学系研究科 統合薬理学分野 教授
【概要】
酸化ストレスと神経炎症は発達神経毒性の毒性発現経路(以下、AOP)における主要イベントの一つであり、注意欠陥多動性障害や自閉症などの発達障害の発症に関与することが明らかにされつつある。発達期の化学物質曝露により誘導される酸化ストレスや神経炎症は、脳の領域ごとに異なることも報告されている。脳における酸化ストレスや炎症の制御には、中枢神経系の常在マクロファージであるミクログリアが密接に関与する。また、ミクログリアの形態は酸化ストレスや神経炎症の状態に応じて変化する。
本研究では、ミクログリアの酸化ストレスと形態を可視化するゼブラフィッシュを作製し、発達期における化学物質の曝露がこれらの指標に与える影響を、脳領域ごとに評価できる試験法を開発する。この試験法を用いて、化学物質の発達神経毒性を分類する。さらに、類似する化学物質がゼブラフィッシュの脳遺伝子発現に与える影響をシングルセル解析し、共通する遺伝子発現変化を同定する。これらの遺伝子発現変化とミクログリアの酸化ストレスや形態との関連性を解析することにより、酸化ストレスと神経炎症を介した発達神経毒性の新たなAOP解明をめざす。
<新たに採択された研究課題2>
●研究テーマ: 環境に対するリスク評価に関する研究
「魚類消化管内MP直接投与法によるMPの体内動態およびそれに伴うベクター効果の検証と定量的評価」
代表研究者:羽野 健志
国立研究開発法人 水産研究・教育機構 水産技術研究所
環境応用部門 環境保全部 化学物質グループ 主任研究員
【概要】
海洋に漂うマイクロプラスチック(以下、MP)は、誤食等により魚類体内に取り込まれることが懸念されている。よって、取り込み後のMPの魚体内での動態、およびそのベクター効果(化学物質を吸着したMPが取り込まれることで化学物質の体内蓄積が助長される効果)を定量的に検証することが重要である。
この検証のためには、個体差を最小限にしてMPを魚体内に取り込ませることが大前提である。しかしながら、MPを投入した海水中でマダイ稚魚を一定期間飼育した後、消化管内のMPを計数した予備試験では、MPの数は1個体あたり0~約3000個であり、MP取り込み量の大きな個体差が検証を困難にしていた。
そこで本研究では、魚類消化管内にMPを直接投与することで、MPの体内取り込み量の個体差をほぼ「ゼロ」にする手法を開発する。本手法により、MPの影響を定量的に評価することが可能となる。本研究では以下の2点について重点的に研究を遂行する。
①MPに吸着した化学物質は、消化管内で溶出したのち、臓器(肝臓、筋肉、および血管など)へ移行するか?
②MPは、消化管を介して臓器へ移行するか?
本研究では、魚類を扱う試験施設であれば容易に導入できる手法となることを目指す。また、そのためのマニュアル化も並行して行う。
<新たに採択された研究課題3>
●研究テーマ:環境に対するリスク評価に関する研究
「マイクロプラスチックの水生生物への影響に係る特性解析と生態毒性試験に関する新たな指針の提案」
代表研究者:鑪迫 典久
国立大学法人愛媛大学大学院 農学研究科 教授
【概要】
近年、実環境中からマイクロプラスチック(以下、MP)が検出され、それらが人や生態系に与える影響が懸念されている。しかし、MPは従来の化学物質とは異なる特性を持つため、一般的な生態毒性試験法では必ずしもその影響を適切に評価できていない。実際、科学的妥当性が不明確な試験法による情報が広まると、科学的事実が見えにくくなり、不確かな根拠のもと社会不安が増大する恐れがある。このような背景を踏まえ、MPに関する科学的に堅牢な評価手法の確立が求められている(WHO 2019, 2022)。特に、新たなテストガイダンスの作成は喫緊の課題となっている。
そこで本研究では、MPの物理化学的特性(体積、電荷、形状など)と、それに起因する生物反応に着目し、生態毒性試験を行う際の重要な留意点を明らかにする。そのために、欧米の規制当局を交えた議論や既存の論文・報告書・主要資料を分析するとともに、必要な生態毒性試験・研究を実施し、MPの特性と有害性の関係を解析するためのガイダンスドキュメントを作成する。さらに、このガイダンスを基に、魚類、藻類、甲殻類、底生生物を用いたMPの生態毒性試験を行い、より科学的に信頼性の高い環境有害性評価を目指す。また、得られた知見を学術論文として発表するだけでなく、行政機関や市民に対しても積極的に情報発信を行い、国内におけるMPのリスク評価手法の策定に貢献する。
<新たに採択された研究課題4>
●研究テーマ:新しい特性を持つ化学物質の安全性評価
「定量的ノンターゲット分析を基にした再生プラスチックに含まれる化学物質の包括的なリスクスクリーニング手法の開発」
代表研究者:徳村 雅弘
静岡県立大学 食品栄養科学部 環境生命科学科 物性化学研究室 助教
【概要】
サーキュラーエコノミーの観点などから、再生プラスチックの使用は今後、激増していくことが予想される。再生プラスチックには、原料に由来する添加剤などに加え、再生工程で非意図的に発生する副生成物など、多種多様な化学物質が含まれており、ポストコンシューマー材の場合には、推測不可能な化学物質も含まれると予想される。
化学物質を網羅的に分析する手法であるノンターゲット分析は、定性された化学物質の定量評価のためには、従来の分析法と同様に、定性された物質ごとに分析法を開発する必要がある。分析法の開発には標準物質が必要となるが、ノンターゲット分析で検出されるすべての物質について標準物質が市販されている可能性は低く(特に非意図的に生成される副生成物)、また、時間的、経済的にも、分析法を個別に開発していくことは困難である。
本研究では、水素炎イオン化検出器と質量分析計のデュアル検出器を用いたポストカラム反応ガスクロマトグラフ(GC-MS/PR-FID)を用いた定量的ノンターゲット分析(qNTA)と毒性予測手法を組み合わせることで、再生プラスチック由来の化学物質の網羅的なリスクスクリーニング手法の開発を行う。
<LRIについて>
LRIは、国際化学工業協会協議会(ICCA)に加盟している欧州化学工業連盟、米国化学工業協会および日化協の3つの団体によって1999年から運営されているグローバルプログラムです。社会のニーズへの対応や業界が抱える喫緊の課題解決に重点を置いて研究支援を行っています。
以 上