一般社団法人日本化学工業協会(住所:東京都中央区、会長:岩田 圭一(住友化学㈱代表取締役会長)、以下「日化協」)は、このほどLRI(Long-range Research Initiative: 化学物質が人の健康や環境に及ぼす影響に関する研究の長期的支援活動)の第14期研究課題として新たに5件を決定しました。
2026年度は、日化協が指定する6つの研究テーマに対する提案依頼書による募集を行い、全44件の応募の中から5件を採択しました。前年度から継続となる研究課題6件と合わせ、第14期のLRIの委託研究課題数は11件となります。新規の研究課題は3月から委託研究を開始します。
今回、新たに採択した研究課題は以下の5件です。
<新たに採択された研究課題1>
●研究テーマ:NAMs(New Approach Methodologies)/動物実験代替法の開発
「神経堤細胞に着目した発生毒性AOPの確立と国際標準化に資するNAMs開発とIATA構築」
代表研究者:平田 普三
青山学院大学 理工学部 化学・生命科学科 教授
【概要】
本研究は、外胚葉由来の神経堤細胞を標的とした新規の催奇形性評価法を確立し、その因果メカニズムをAOPとして体系化することで、ゼブラフィッシュを用いた代替試験法の国際標準化を目指すものである。
神経堤細胞の機能異常をKE2、第1咽頭弓形成異常をKE3と定義し、Tg(Sox10:EGFP)ゼブラフィッシュを用いて細胞の遊走、増殖、分化異常をリアルタイムかつ定量的に評価する。さらに、化学物質曝露初期に生じるレドックス関連遺伝子の発現変動をRNA-SeqによりMIEとして同定し、複数の化学物質でAOPの予測性と適用範囲を検証する。分子、細胞、組織、個体レベルのデータを統合し、哺乳類との発生機構の共通性を科学的根拠として整理した上でAOP-Wikiへ登録する。また、産業界と連携して未評価化学品や陰性評価への適用性を検証し、IATA事例研究とすることで、将来的なOECDテストガイドラインへの反映を視野に入れた実用的かつ高再現性の安全性評価基盤の構築を目指す。
<新たに採択された研究課題2>
●研究テーマ: ヒトへのばく露に関する予測手法の開発
「次世代リスク評価に向けた経皮曝露PBKモデルの構築:化合物の物性に合わせた簡便な予測手法を目指して」
代表研究者:前田 和哉
北里大学 薬学部 薬剤学教室 教授
【概要】
新規化学物質や化粧品成分などの経皮曝露時のリスク評価において、経皮曝露時の物質の定量的な挙動の理解は必須である。しかしながら現時点で、経皮曝露後の化合物のヒト体内動態(PK)を精緻に再現する統一化された手法や十分な検証がなされた生理学的速度論(PBK)モデルの開発は未だ道半ばである。その主原因として、①経皮曝露時のヒトPK試験データが絶対的に不足していることに加え、②PBKモデルを適切に扱うための専門性の高さがハードルになっていると考えられる。
そこで本研究においては、上記2つの課題に対して、①複数の化合物について経皮投与の臨床研究を実施し、化合物の体内曝露の時間推移のデータを取得する、②より簡便な構造の数理モデルを用いて、恣意性なく多数のパラメータを同時推定可能なCluster Gauss-Newton法を用いPBKモデルパラメータの設定を簡便化し、各速度論パラメータと化合物の物性・構造やin vitro実験値との間の関係性を機械学習により見出す、ことで課題の克服を目指す。それにより、経皮吸収時の化合物の体内動態の経時変化を簡便に再現可能で、かつ汎用性の高いモデル解析法を提示することを目標とする。
<新たに採択された研究課題3>
●研究テーマ:環境に対するリスク評価に関する研究
「海洋由来模擬二次マイクロプラスチックが魚類に与える生態影響の解明 ―化学的特性との関係性―」
代表研究者:堀江 好文
神戸大学 内海域環境教育研究センター 海洋環境管理研究室 教授
【概要】
マイクロプラスチック(MP)問題は、世界的に解決すべき重要な環境課題の一つとなっている。そこで、第11期〜13期日化協LRIの支援のもと、大阪湾の海面表層から採取したMPを用いてメダカに対する長期曝露試験を実施した結果、胚発生、成長、性分化、繁殖といった種の保全に関わる主要なエンドポイントにおいて、有害な影響は認められなかった。さらに、ポリプロピレン製MPについても長期曝露試験を実施した結果、同様に有害性は確認されなかった。
これらの結果から、MPそのものの物理的影響は、複数世代にわたって曝露した場合であっても、少なくともメダカに対しては、種の保全の観点から有害性を示さないことが示唆された。一方で、現在懸念されているMPの有害性としては、「物理的影響」に加え、「プラスチック中に内在する化学物質」や「ベクター効果」による影響も指摘されている。そこで本研究では、実際に海洋環境中に放棄されたプラスチックごみから模擬二次MPを作製し、生態毒性および化学的特性を網羅的に評価する手法を確立することで、実環境中に存在するMPが実際にどの程度の有害性を有しているのかを明らかにすることを目的とする。
<新たに採択された研究課題4>
●研究テーマ:規制利用における課題を解決するための評価法の開発
「AOP475に基づく神経細胞樹状突起スパイン形態バイオマーカー・ドレブリンを指標としたNAMの信頼性評価およびOECD導入に向けた検証研究 ― 学習・記憶障害リスクin vitro予測法の確立を目指して」
代表研究者:關野 裕子
東京大学 大学院 農学生命科学研究科 獣医衛生学教室 特任教【概要】
本研究は、化学物質の神経毒性・発達神経毒性評価をヒトの「学習・記憶」に与える影響を有害事象として評価する新たな in vitro 試験法(NAM)を提案し、その妥当性を実験的に検証するとともに、OECD テストガイドラインへの将来的な導入に向けた科学的基盤の構築を目指す。
指標として用いるのは、神経細胞樹状突起スパインの構造安定化とシナプス可塑性に関与するタンパク質「ドレブリン」である。ドレブリンはヒト軽度認知障害(MCI)脳で有意に減少することが報告され、げっ歯類からヒトまで高度に保存された分子であることから、ヒト外挿性の高いバイオマーカーとなる。さらに、画像解析および ELISA により客観的に定量可能であり、主観的評価に依存しない数値指標を提供できる。
本研究では、AOP475 の鍵事象であるドレブリン減少と、その上流の細胞内カルシウム過負荷および下流の樹状突起スパイン形態異常との KE 関連を検証する。これらの因果連鎖を定量的に整理することで、学習・記憶障害リスクを分子レベルで予測する評価枠組みを構築し、3Rs を推進しつつ科学的信頼性を担保した神経毒性・発達神経毒性評価法の国際標準化に貢献する。
<新たに採択された研究課題5>
●研究テーマ:ヒトへのばく露に関する予測手法の開発
「ヒト関連モデルに基づくマイクロプラスティックの体内動態の解明と評価基盤の構築」
代表研究者:酒井 康行
東京大学 大学院 工学系研究科 化学システム工学専攻 教授
【概要】
マイクロプラスティック(MP) のヒト健康影響評価の精度を高めるには、腸管に存在する粘液層やバクテリアを適切に再現したヒト関連モデルを用い、MP の挙動と腸上皮への到達経上皮移行・最終的な排泄までの連続過程を、サイズ・形状・表面特性等の粒子パラメータを含めて体系的に明らかにする必要がある。そこで本研究では、よりヒト生体に近い培養腸管モデルを用い、小腸などの消化管におけるMPの吸収・排泄挙動の解明とその予測基盤の構築を目指す。
具体的には,複数種の細胞を含む培養ヒト小腸上皮モデルに人工粘液を重層化した生体模倣系や、特に下部小腸(回腸)に存在する腸内細菌の影響も考慮可能な特殊な閉鎖系培養システムを使用する。これらの系でのMPの曝露・吸収実験データに、生理条件を考慮した数理モデリングを組み合わせ、経口ばく露後の吸収・排泄量をヒトで予測可能な評価手法の開発を行う。これによりMP のヒト健康影響評価に不可欠なヒト体内ばく露の定量的理解の前進が期待される。
<LRIについて>
LRIは、国際化学工業協会協議会(ICCA)に加盟している欧州化学工業連盟、米国化学工業協会および日化協の3つの団体によって1999年から運営されているグローバルプログラムです。社会のニーズへの対応や業界が抱える喫緊の課題解決に重点を置いて研究支援を行っています。
以 上
